[ 技能のデジタル化 ] |
μm単位の加工を行う微細なハサミ研磨加工を対象とし,技能の状態と変化をどのようにとらえ,どのように伝承への活用可能かについて,以下をねらい取り組んでいる.
加速度センサを手に設置することにより手に伝わる振動を取得した.この振動の様子から,安定性の向上が確認できた. 初級者は,2か月目に自覚していた変化がデータとして見え,4か月目は,変わってないと思っていても,実は変わっていたことが確認できた.
また,2人のデータを重ねることにより,同じ作業における強弱の違いが見え,「もっと強く当てていいのか」と気付けた(開発システムの機能により,作業時間の異なる2者のデータを調整して同じような作業をしている時刻を合わせている)
ハサミの曲面に対して角度調整をしながら引いている熟練者に対して,角度を変えず引いている初級者.映像と併せて見ることで,どのあたりでその動きをしているかを発見し,真似をする様子が見られた.
集団で踊る舞踊では,「全体として良い」かどうかを評価している.その評価は,「統一性」「エネルギッシュな」といった主観による感覚的な指標で行われている. 本研究では,何がどの程度どのようになっていれば「良い」のかを,データに基づいた分析により探求することを目指している.
本研究で対象とする岩手の郷土芸能である盛岡さんさ踊りは,一団体が数十から数百人で構成され,数十団体が数日間に分けてパレードを行う.
さまざまなレベルの人たちが集団で踊る舞踊の評価は,個々の踊りの技術の評価とは異なると言われている. そこで本研究では,技術差がある人たちの配置の違いによる印象について分析を行うこととした.
微妙な動きの差を指定して集団が踊るようなデータを取得することは不可能であるため,モーションキャプチャで取得した動作を用い,集団の踊るシミュレーションシステムをUnityを用いて実装した. システムでは,
技能の違い,にはさまざまな条件があるが,評価を容易にするため,本研究では,技能差の違いを,基準となる人に対しての遅れ時間として定義した.
Unityによるシミュレーション |
ここでは,審査員視点で見たとき,ズレの量と視点からの距離の関係を評価した.視点に近い方から0, 1, 2・・・と列番号を付け,0番目の列は一番うまい人たちとしてズレ時間を0とし, 1列目以降について,ズレ量を与える.ズレ量を変化させながら,どのような印象を受けるか,専門家1名,経験者8名(岩手県立大学さんさ踊り実行委員)へのアンケートを行った.〇は,踊りとして許容できる,△は,踊りとして気になる,×は,踊りとして許容できないを意味し,+−は各評価よりも少し良い(でも上に上げるほどではない),少し悪い(でも下に下げるほどではない),という中間を指す.
ズレは0.1〜0.7秒の0.1秒刻みで設定した.同一列全員を同じズレにしてしまうと目立ちすぎるため乱数を用いた.例えば0.1秒のとき,対象とする列の人を0〜0.1の乱数でズレ時間を設定した.
ズレの付与による印象の違い |
タイミングずれの時間を見ると,横一列だけのときは,0.3秒の遅れだと直したいという結果となっていた.しかし,同様の基準でも,集団の中に混ざっている状態となると,場所によっては0.4秒の遅れの人が少し気になる程度で,0.6秒の人が居ると直したいレベルに見えるという結果が得られた.
このことから,人数が少ないときは個々の動きに着目していること,そして,人数が多くなると,個々の動きではないところを見ているということが実験によって示された.この結果は,直感的な感覚と一致する.
また,列の位置による違いを見ると,手間の列の方が手前の方がズレに対して敏感であることが示され,奥の列のズレは目立ちにくいことが示された.これは,経験者が考えている感覚と一致しており,シミュレーションによる実験の妥当性が示唆された. 今後は,条件を増やし,「良さ」についての要素を検討したい.
さんさ踊りの3Dシミュレーション2(1, 2番の列でタイミング遅れ,最大0.3秒)
さんさ踊りの3Dシミュレーション3(3, 4番の列でタイミング遅れ,最大0.3秒)
地域伝統舞踊では,自身のリズム感にしたがって踊ることが重要とされ,必ずしも他人と一致することが「良い」とはされていない. 本研究では,従来法では「合っていない」が,地域伝統舞踊としては「合っている」と評価できる手法の開発に取り組んだ.
舞踊で重要なのは体幹を中心とした動作である.本研究では,腰部に加速度センサを設置し,被験者のタイミングの取り方をデータ化する.
同じ音楽をかけて個別にデータを取得すると,個々でタイミングの取り方が異なるため,同じような踊りの印象であっても,時刻を合わせて重ねると加速度の推移が異なるデータが取れることがある.
しかし,動作の開始位置を合わせると,印象と同じようにほぼ波形が一致するデータを得ることができる.
個々のリズム感の差を許容するアプローチ |
本研究では,開始位置の差異を自動的に補正し,加速度波形を比較する手法を提案している.比較には相関係数を用い,被検者全員のクロス表を作成している. クロス表では,全体で似ている,と判断された踊りの区間においては,0.7を超えた値が得られ,合わせずらい,という印象の区間においては,低い値が算出された.
全員が似ている区間の評価値のクロス表(赤:相関係数0.7以上) |
合わせずらい区間の評価値のクロス表(赤:相関係数0.7以上) |
和太鼓のバチさばきはとても速く,最後に手首を返す一瞬は5ms以内に行われている. 振りの動きは,長年の訓練により無意識に行われており,違いを説明することも,具体的に教えることも難しい場合がある.
その上手さは,鳴った音やバチの跳ね返り方で判断をしており,具体的にどのようになっていると「上手い」のか,また,上手い人と何が違うのか,が分かりにくいのが現状である.
本研究では,各種センサ(加速度,角速度,筋電位等)や高速撮影カメラを用い,バチの振りにおいて起きている現象と,その技術の差の解明に取り組んでいる.
研究過程において,差が分かることで,暗黙知として認識している技能が言葉として表出されるようになり,知識が団体内で共有されるプロセスを多く経験している.
このように,データに基づいて分析を行うことで,指導において,客観的な説明が可能となることを目指している.
バチさばきの過程 | 角速度センサによる計測 |